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地震危険予知プロジェクト
Precursory quake-Information System by Citizen's Observation on Web 
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台湾中部地震・鳥取県西部地震・芸予地震の宏観異常

弘原海 清*・原口 竜一**・岡本 和人***・古賀 裕****

Macroscopic Anomaly on the Taiwan Earthquake, the Western Tottori Prefecture Earthquake and Geiyo Earthquake

Kiyoshi WADATSUMI*, Ryuichi HARAGUCHI **, Kazuhito OKAMOTO***and Hiroshi KOGA****

 

* 岡山理科大学総合情報学部生物地球システム学科 Department of Biosphere-Geosphere System Science, Faculty of Informatics, Okayama University of Science, 1-1 Ridai-cho, Okayama 700-0005, Japan. E-mail: wadatumi@big.ous.ac.jp
** 岡山理科大学大学院理学研究科総合理学専攻(現:大阪市立大学大学院理学研究科生物地球系専攻) Applied Science, Graduate School of Science, Okayama University of Science, 1-1 Ridai-cho, Okayama 700-0005, Japan. E-mail: haryu@sci.osaka-cu.ac.jp
*** 岡山理科大学大学院総合情報学部生物地球システム専攻 Biosphere-Geosphere System Science, Graduate School of Informatics, Okayama University of Science, 1-1 Ridai-cho, Okayama 700-0005, Japan. E-mail: k-okamoto@pisco.ous.ac.jp
**** 岡山理科大学総合情報学部生物地球システム学科 Department of Biosphere-Geosphere System Science, Faculty of Informatics, Okayama University of Science, 1-1 Ridai-cho, Okayama 700-0005, Japan. E-mail: taicyou@pisco.ous.ac.jp

キーワード:宏観異常,データベース,アンケート,リアルタイム,直前予知

Key words : Macroscopic anomaly, Database, Questionnaire investigation, Real time, Short-term prediction

1.はじめに

 本研究室では,地震危険予知の一環として,大地震の直前に住民が観察した自然や生物の前兆的異常と考えられる諸現象を広く収集している.地域住民は従来経験する以上の強い異変を自然や生物に見たとき,主に視覚・聴覚で異常を認識し,地震前兆と関連付け,危険性を言葉にして発信する.これを「宏観前兆異常」と呼ぶ(弘原海,1998).日本・中国・欧州での歴史上の大地震の前には,必ずといってよいほど自然や生物の異常が多くの住民に観察されている.1995年1月17日の兵庫県南部地震でも,住民に広く証言を求めたところ,2月10日から3月20日までに1519通,1711事例の証言が提供された(弘原海,1995).
 言うまでもなく宏観異常情報は地震が起こる前に収集しなければ意味がない.これまで宏観異常情報は主としてFAXや手紙によって,あるいは地震後のアンケートによって収集されてきたため時間を要した.兵庫県南部地震後の宏観異常調査に対しては「あと予知」であるとの批判を受けた.しかし,近年のインターネットの急速な普及によってリアルタイムでの情報収集が可能となり,「まえ予知」ができる体制が整った.そこで,インターネットがあまり発達していなかった@兵庫県南部地震,インターネット時代への過渡期に発生したA台湾中部地震(1999.09.21, M7.7),B鳥取県西部地震(2000.10.06, M7.3),C芸予地震(2001.03.24, M6.7)の4地震での宏観異常情報を比較してみた.

 

2.宏観異常調査

2.1 調査結果
 まず,様々な手法によって得られた宏観異常情報の項目別集計結果を示す(第1図).すでに兵庫県南部地震と台湾中部地震の分析で地震発生の時期,場所,観察者の国民性の違いを越えて,両方の証言割合に著しい共通性が見られることが報告されている(弘原海ら,2000).いずれの地震においても気象/天象の異常が最も多かった.特に芸予地震では7割を超えており,中でも雲の異常が多く報告された.
◇ 鳥取県西部地震の宏観異常の具体例
・ 池の鯉が群をなしていた.いっせいに水面に上がってきて口をぱくぱくしていた(鳥取県).
・ 畑にカラスが30羽ほど集まってウロウロしていた。次の日はカラスがもっと増えて50羽ほどになって,また同じようにどこへ行くわけでもなくその辺をウロウロしていた.鳴き声はあまりあげず,たまに“グーグー”と普段聞かない声で鳴いていた.地震後もカラスを見ていたが,全くそういうことはなくなった(鳥取県).
・ 地震前にパソコンで作成したファイルが地震後に消えていた.その後も同じことが2回ほど続いた(岡山県).
◇ 芸予地震の宏観異常の具体例
・ マンションの玄関を出て直ぐに異臭(下水臭)がした.駐車場側に行くまで臭くてたまらず呼吸をおさえていた(広島県).
・ 飼育しているリスが激しく暴れ,飼育カゴの柵に激突死した(岡山県).
・ 近所の飼い犬が数分間けたたましく吠え,遠吠えを繰り返していた(山口県).

@ 兵庫県南部地震の宏観異常(1711件) A 台湾中部地震の宏観異常(5278件)
B 鳥取県西部地震の宏観異常(146件) C 芸予地震の宏観異常(167件)

第1図 各地震の宏観異常

2.2 調査方法
 宏観異常の調査方法としては,(1)地震後,被災地に赴いて地域住民に直接聞き取り調査を行う方法,(2)地震後,被災地の自治体等に調査用紙を送付し,アンケート方式で答えてもらう方法,(3)日常,インターネット上でリアルタイムに情報を送信してもらう方法がある.日常の情報収集手段としてこのほかに封書やFAXといったものもあったが,時間を要したり,形式が定まっていないため統計処理を困難にしていた.そのためアンケート調査用紙やインターネット上での入力フォームの形式は,データベース化を意識し,あらかじめ準備された項目をチェックする方式にした.これにより,統計処理を容易にし,なおかつ報告者の主観的要素を排除することができる(弘原海ら,2000).また,ここ数年のインターネットの急速な普及により,兵庫県南部地震当時と現在とでは情報収集の手法に変化が出てきた.そこで4地震の前後で実際に行った宏観異常情報収集手法を示す(第1表).
 第1表で,手法が左上から右下へと移動していることが読み取れる.これはかつて地震後被災地で現地調査を行ったり,アンケート調査を行ったりしていたものが,Webサーバ拡張機能の一つであるASP(Active Server Pages)による宏観異常情報収集システムが原口ら(2001)によって開発されたことにより,現地に赴くことなく,研究室でリアルタイムに情報収集・解析ができるようになったことを示している.このシステムは2000年9月14日より運用され,2001年5月15日現在,900件を超える情報が得られている.

第1表 宏観異常情報収集手法の変遷

@ A B C
(1)地震後の現地面接調査 ×
(2)地震後のアンケート調査 ×
(3)インターネット(リアルタイム) × ×
○は行った手法,×は行わなかった手法
2.3 地震前と地震後に寄せられた情報の分離
 ASPによる宏観異常情報収集システムが開発されたことにより,インターネットでリアルタイムに情報を送受信することが可能になった.つまり,地震前に住民が異変を感じたとき,即座に情報を研究室に送信することができる.その一方で,地震後になって,「あの現象は前兆現象だったのか」と思い,情報を寄せてくる住民も数多くいる.地震後に報告されたデータは,地震前兆の検証には有効かもしれないが,地震の危険性を回避するためには速報性が不十分である.ここでインターネットによる情報収集を行った鳥取県西部地震と芸予地震について地震前(B : Before)と地震後(A : After)に寄せられた情報の比率を示す(第2表).
 鳥取県西部地震はリアルタイム収集システムが運用されてわずか20日後に発生したこともあり地震前に寄せられた情報は12.3%にとどまっている.しかし,運用から半年あまり経過して発生した芸予地震では,地震前に寄せられた情報の割合が22.2%と鳥取県西部地震に比べて約10ポイント上昇している.このことはリアルタイム収集システムが徐々に浸透していることを示していると考えられる.
 次に,報告された宏観異常情報を地震前に報告されたものと地震後に報告されたものに区別したデータを示す(第2図,第3図).このダイアグラムより,鳥取県西部地震では地震前に比べて地震後により多くの項目が報告されていることが読み取れる.これは地震後実施した現地調査やアンケート調査の結果が影響している.一方,芸予地震では地震前と地震後のダイアグラム上では大きな差異は認められない.これは芸予地震ではインターネットでの情報収集がが,住民に定着しつつあったためと考えられる.

第2表 鳥取県西部地震と芸予地震の地震前と地震後に寄せられた
宏観異常情報の比率

B C
B(地震前) 18件(12.3%) 37件(22.2%)
A(地震後) 128件(87.7%) 130件(78.8%)

B 地震前の報告(18件) A 地震後の報告(128件)

第2図 鳥取県西部地震の前後に報告された宏観異常

B 地震前の報告(37件) A 地震後の報告(130件)

第3図 芸予地震の前後に報告された宏観異常

3.今後の宏観異常のあり方

 先に述べたように,現在,宏観異常情報の収集は主としてインターネット上で行っており,徐々に成果をあげている.しかし,鳥取県西部地震や芸予地震に見たように地震前に情報が寄せられるのはせいぜい2割程度にとどまっている.日頃から,異変を感じたら報告していただくよう市民に周知徹底しなければならない.情報の質を向上させるため,インターネット上で宏観異常情報を送信する際にはあらかじめe-PISCO市民メンバー登録をしていただくことになっている.2001年5月15日現在1185人の方々に登録していただいている.宏観異常を地震危険予知に生かそうとするならば,現在の10倍程度の市民メンバーが必要となるであろう.
 また,宏観異常だけで地震予知をするには予知情報の正確さに限界がある.他の要素(例えば岡山理科大学で計測している大気イオン濃度変化の異常)も加味して予知しなければならない.以下に大気イオン測定点が複数あると仮定して,大気イオン濃度変化と宏観異常を用いた地震危険予知のモデルを示す(第4図).
 まず,複数の測定点で大気イオン濃度に異常が生じたとき,測定された値を元にコンターを描き,おおよその予想震源域を求める.大気イオン濃度の危険分類表からおおよその地震規模を予測する.予測された地震規模が人身に被害を及ぼす恐れがある場合,予想された震源域やその周辺の住民に1週間程度の宏観異常集中監視を要請する.宏観異常は経験的に地震直前24時間にピークを迎えると言われている.特定地域で多種の異常が同時に多発すれば,地震発生の地域と時刻がさらに正確に求まると考えられる.
 あらかじめ地域を指定して宏観異常情報を求めると,バイアスが加えられ,統計上適当な手法とは言えないが,我々は研究のためではなく,市民の生命・身体・財産を守るために地震危険予知を行うべきである.我々は個人単位で寄せられる情報をまとめ,全体的な状況を伝えるコーディネータに徹するべきであると考える.

大気イオン濃度変化の異常
(大まかな場所と規模を予測)
|
住民に1週間程度の
宏観異常集中監視を要請
|
特定地域で多種の異常が
同時に多発
(直前24時間にピーク)
|
直前予知 + 危険回避

第4図 大気イオン濃度変化と宏観異常を用いた
地震危険予知モデル

文  献

原口竜一・和佐好智・西橋政秀・弘原海清(2001) ASPによる宏観異常情報収集システムの開発.e-PISCO論文集(投稿中).
弘原海清(2000)台湾集集地震と兵庫県南部地震の直前宏観異常現象.地球惑星科学関連学会2000年合同大会, CD-ROM, ag-p012.
弘原海清・原口竜一・杉田昌子・岡本和人(2000) 台湾中部地震における前兆異常現象アンケート調査―調査データシートとその入力統計処理について―.第11回日本情報地質学会講演会講演要旨集GEOINFORUM-2000, pp.134-135.
弘原海清(1998)宏観異常による地震予知−情報地質学の歩みと展望に照らして−.地質学論集,第49号,pp.159-166.
弘原海清(1995)阪神淡路大震災 前兆証言1519!, 東京出版株式会社,265p.

写真1 本研究室で飼育していたなまずが鳥取県西部地震の5日前,10月1日に死亡
写真2 鳥取県西部地震後の現地聞き取り調査(島根県横田町役場)
写真3 鳥取県西部地震で倒れた墓石(鳥取県江府町)

 

情報地質学会